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(07/10)
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2006.07.10 Mon
*遠い遠い夢のお話
金木犀(キンモクセイ)が咲いたから。
愛しいキミに会いにゆく。
金木犀
ふと気が付くと、木洩れ日の射す窓際の席で、手塚は穏やかな風を感じていた。読みかけだった本は開いたままで、その白いページの上にはゆらゆらと木の葉の影が揺れている。時計を見ると、ちょうど3時を過ぎたところだった。
休日だというのに、校舎は騒がしい。
部活に来ている生徒、勉強しに来ている生徒、はたまた全く関係のない他校の生徒までもが休日にも拘らず青学へと集まってくる。
手塚はというと、久しぶりに部活のない休日を如何にして過ごそうかと散々悩んだ挙句、別段これといった用事もなかったので、居心地の良い学校へと足を運んでいたという次第だ。
中でも図書館は、彼のお気に入りの場所だった。見聞を広める為にも最適な場所ではあるが、それ以上に何よりも、ここからは校庭から校外までの様々な景色が一望出来る。千変万化な景色を見ていると、時間という概念を忘れ、退屈を思う存分に凌ぐことが出来るのだ。
そういえば、と彼は俄かに眉根を寄せる。
さっき、何だか懐かしい夢を見たような・・・・・・。
「手塚?」
と、そこで手塚の思考は中断される。
ふと顔を上げると、色素の薄い髪が風で左右に揺れるのが見えた。
「不二・・・・・・か」
たっぷりと間を持たせて手塚は呟く。不二はふわりと微笑みかけると、手塚の座っている目の前の席に静かに腰を下ろした。
数冊の本をトントンと揃えて脇に置く。
「奇遇だね、手塚。まさかキミにこんな所で会えるとは思わなかったよ。手塚もよく来るの、ここ?」
「・・・ああ」
ふうん、と軽く相槌を打つと、不二は横に置いた本の一冊を手に取ってパラパラとページを捲り出した。
そのまま静かな時間が流れる。
不二はどうして自分の目の前の席なんかに座ったのだろう、と思いながら、手塚も再び読みかけの本に視線を戻した。
時間は既に4時を回っていた。気が付けば人の気配も少なくなっていて、窓から射し込む日の光も、どこか陰影を帯びているようだ。
手塚が顔を上げるのと同時に、不二も自分の読んでいた本を閉じる。不二はそのまま無言で席を立つと、隣に積んであった別の本も持って、カウンターの方へと歩いていった。
どうやら本を借りるらしい。
さほど時間をかけずに、不二は再び手塚の元へ戻って来た。
「さ、行こうか」
「行くって、どこへ?」
すると不二はほんの一瞬意外そうな顔をしてから、荷物を持ってにこりと微笑う。
「そんなの決まっているじゃない。だって手塚ももう、帰るんでしょう?」
バス停に辿り着く頃には、日もすっかり傾いていた。
「ああ、すっかり暗くなっちゃったね。失敗したなぁ」
「もう秋だからな。日が落ちるとなると、早い」
「気温も冷たいしね」
不二が手をこすり合わせるのを見ると、手塚も何だか肌寒いような気がしてきた。
「―――――あ」
と、突然不二が声を上げる。
「どうした?」
手塚は不二が見ている方向へと視線を向ける。
そこに見えたのは、大きな橙の塊――・・・
「あれ、金木犀だよね。道理でさっきからいい匂いがすると思った」
「ああ、もうそんな季節か・・・」
10月の冷たい外気に揺れる橙は、甘い匂いで囁いているかのようだ。
「――ねぇ手塚、知ってる?金木犀って、中国名で丹桂っていうんだよ」
「丹桂?」
突然の不二の言に戸惑いつつも、手塚は殊勝に問い返した。
「丹桂はね、昔からよく贈り物の装飾品として使われていた花なんだ。だって、とてもいい匂いがするでしょう?ボクの読んだ中国のお話の中にはね、丹桂を使って求婚をした人もいたくらいなんだよ」
「・・・・・・そうか」
甘い匂いが鼻腔をくすぐる。あまりに強い花の香に、手塚はだんだん酔ってきた。
バスが来る。乗り込む。
バスの中はガラガラに空いていたので、二人は敢えて奥の方の席に並んで腰を下ろした。
アナウンスが聞こえ、バスはゆっくりとその重い車体を揺らし始める。心地良い律動に身を任せると、すぐに眠気が襲ってきた。
手塚のすぐ隣では、既に不二が穏やかな寝息を立ててしまっている。出来る事ならばこのまま手塚も眠ってしまいたかったが、二人とも寝てしまっては乗り過ごしかねないので、何とか目を覚まそうと、ほんの少しだけ手元の窓を開けてみた。
冷たい風が頬を薙ぐ。
じんわりと、身体中の神経が研ぎ澄まされていくのを感じる。
花の芳香が強くなる。手塚の視界に一面の橙が広がった。
いっそう強い風が吹き、花はちらちらとその身を散らせていく。
その中のひと房が、窓のわずかな隙間を縫って、バスの中へと滑り込んできた。
そうしてそれは、軽く上向きに開かれたままの不二の掌へと落ちていく。
微かに、隣で不二が微笑ったような気がした。
―――丹桂はね、昔からよく贈り物の装飾品として使われていた花なんだ。
不二の声が蘇る。
夢見心地になりながら、手塚は不二の寝顔をまじまじと眺めた。
目を閉じて、夢の中へと埋没していく。
遠い遠い、記憶の欠片――
眼前に広がるは、大きな屋敷の大きな門。
鹿毛を降り、袴摺の裾を直しながら、彼は再びその門を見つめた。
手にはしっかりと握られた、丹桂の花。
彼はゆっくりと、しかし着実に、門との距離を縮めていく。
約束通り、丹桂の花が咲いたから。
愛しいキミに会いにゆく。
この花を、わたしの言の葉と共に。
愛しいキミへ、捧げよう。
金木犀(キンモクセイ)が咲いたから。
愛しいキミに会いにゆく。
金木犀
ふと気が付くと、木洩れ日の射す窓際の席で、手塚は穏やかな風を感じていた。読みかけだった本は開いたままで、その白いページの上にはゆらゆらと木の葉の影が揺れている。時計を見ると、ちょうど3時を過ぎたところだった。
休日だというのに、校舎は騒がしい。
部活に来ている生徒、勉強しに来ている生徒、はたまた全く関係のない他校の生徒までもが休日にも拘らず青学へと集まってくる。
手塚はというと、久しぶりに部活のない休日を如何にして過ごそうかと散々悩んだ挙句、別段これといった用事もなかったので、居心地の良い学校へと足を運んでいたという次第だ。
中でも図書館は、彼のお気に入りの場所だった。見聞を広める為にも最適な場所ではあるが、それ以上に何よりも、ここからは校庭から校外までの様々な景色が一望出来る。千変万化な景色を見ていると、時間という概念を忘れ、退屈を思う存分に凌ぐことが出来るのだ。
そういえば、と彼は俄かに眉根を寄せる。
さっき、何だか懐かしい夢を見たような・・・・・・。
「手塚?」
と、そこで手塚の思考は中断される。
ふと顔を上げると、色素の薄い髪が風で左右に揺れるのが見えた。
「不二・・・・・・か」
たっぷりと間を持たせて手塚は呟く。不二はふわりと微笑みかけると、手塚の座っている目の前の席に静かに腰を下ろした。
数冊の本をトントンと揃えて脇に置く。
「奇遇だね、手塚。まさかキミにこんな所で会えるとは思わなかったよ。手塚もよく来るの、ここ?」
「・・・ああ」
ふうん、と軽く相槌を打つと、不二は横に置いた本の一冊を手に取ってパラパラとページを捲り出した。
そのまま静かな時間が流れる。
不二はどうして自分の目の前の席なんかに座ったのだろう、と思いながら、手塚も再び読みかけの本に視線を戻した。
時間は既に4時を回っていた。気が付けば人の気配も少なくなっていて、窓から射し込む日の光も、どこか陰影を帯びているようだ。
手塚が顔を上げるのと同時に、不二も自分の読んでいた本を閉じる。不二はそのまま無言で席を立つと、隣に積んであった別の本も持って、カウンターの方へと歩いていった。
どうやら本を借りるらしい。
さほど時間をかけずに、不二は再び手塚の元へ戻って来た。
「さ、行こうか」
「行くって、どこへ?」
すると不二はほんの一瞬意外そうな顔をしてから、荷物を持ってにこりと微笑う。
「そんなの決まっているじゃない。だって手塚ももう、帰るんでしょう?」
バス停に辿り着く頃には、日もすっかり傾いていた。
「ああ、すっかり暗くなっちゃったね。失敗したなぁ」
「もう秋だからな。日が落ちるとなると、早い」
「気温も冷たいしね」
不二が手をこすり合わせるのを見ると、手塚も何だか肌寒いような気がしてきた。
「―――――あ」
と、突然不二が声を上げる。
「どうした?」
手塚は不二が見ている方向へと視線を向ける。
そこに見えたのは、大きな橙の塊――・・・
「あれ、金木犀だよね。道理でさっきからいい匂いがすると思った」
「ああ、もうそんな季節か・・・」
10月の冷たい外気に揺れる橙は、甘い匂いで囁いているかのようだ。
「――ねぇ手塚、知ってる?金木犀って、中国名で丹桂っていうんだよ」
「丹桂?」
突然の不二の言に戸惑いつつも、手塚は殊勝に問い返した。
「丹桂はね、昔からよく贈り物の装飾品として使われていた花なんだ。だって、とてもいい匂いがするでしょう?ボクの読んだ中国のお話の中にはね、丹桂を使って求婚をした人もいたくらいなんだよ」
「・・・・・・そうか」
甘い匂いが鼻腔をくすぐる。あまりに強い花の香に、手塚はだんだん酔ってきた。
バスが来る。乗り込む。
バスの中はガラガラに空いていたので、二人は敢えて奥の方の席に並んで腰を下ろした。
アナウンスが聞こえ、バスはゆっくりとその重い車体を揺らし始める。心地良い律動に身を任せると、すぐに眠気が襲ってきた。
手塚のすぐ隣では、既に不二が穏やかな寝息を立ててしまっている。出来る事ならばこのまま手塚も眠ってしまいたかったが、二人とも寝てしまっては乗り過ごしかねないので、何とか目を覚まそうと、ほんの少しだけ手元の窓を開けてみた。
冷たい風が頬を薙ぐ。
じんわりと、身体中の神経が研ぎ澄まされていくのを感じる。
花の芳香が強くなる。手塚の視界に一面の橙が広がった。
いっそう強い風が吹き、花はちらちらとその身を散らせていく。
その中のひと房が、窓のわずかな隙間を縫って、バスの中へと滑り込んできた。
そうしてそれは、軽く上向きに開かれたままの不二の掌へと落ちていく。
微かに、隣で不二が微笑ったような気がした。
―――丹桂はね、昔からよく贈り物の装飾品として使われていた花なんだ。
不二の声が蘇る。
夢見心地になりながら、手塚は不二の寝顔をまじまじと眺めた。
目を閉じて、夢の中へと埋没していく。
遠い遠い、記憶の欠片――
眼前に広がるは、大きな屋敷の大きな門。
鹿毛を降り、袴摺の裾を直しながら、彼は再びその門を見つめた。
手にはしっかりと握られた、丹桂の花。
彼はゆっくりと、しかし着実に、門との距離を縮めていく。
約束通り、丹桂の花が咲いたから。
愛しいキミに会いにゆく。
この花を、わたしの言の葉と共に。
愛しいキミへ、捧げよう。
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